予定地

いずれなにか書きます

半期に一度のあれ

なんかこういうのは、どこに書いても違う伝わり方しそうなのでここに書く。つらいつらい言ってる以上、ある程度理由を明確にさせたほうがいいなって思ったから。


どうも毎半期の期末から期初、評価から次期の体制を作って目標を立てるところで辛い気持ちになってる。

だいたいいつも会社のことは最高の会社だと思って仕事していて、わりと毎日機嫌よくいようと思ってる。そこに嘘はないんだけど、それでも、毎期毎期この時期はこうなってる。

そういうと、会社から評価されてない不当さとか、管理職にありがちな孤独とか、そういう方向で同情されるけど、たぶんそういう話ではない。

なんかもっと感情的なところで、寂しいというようなもの。まあ、おそらく、みんなが前に向かってる間、ひたすら撤退戦に取り組み、パーティが終わった後に掃除してるような立場だから、本質的には孤独なんだと思う。

でも、その立場は押し付けられたものじゃない。だいたい、前向きなダイナミズムは若い人や能力ある人に味わってほしいし、撤退戦なんて最低限なほうが良いんだし、裏方は本来見えないほうがいい。だから私が選んでそこにいる。

それはわかってやってるし、誇りも喜びもある。そのはずなのに、楽しそうなパーティの規模がどんどん大きくなり賑やかになり、そこに気を止める人もいなくなると、取り残された気持ちばかり強くなる。裏方は見えないほうがいいといっても、いないことにされると傷つくんだと思う。

たぶん、期初って特にパーティっぽい感じがある。一丸となって盛り上がってる舞台裏で、置き忘れられてるものがないか探してるから孤独は深まる。

それでもパーティが小さいうちは舞台裏を覗きにきてくれる人もいたと思うけど、最近は表が盛り上がり過ぎてて、いっしょにいてくれたはずの人も表側に行ってしまったように思う。なんかそんな感じ。

まあ、一言で言うと寂しいんよね。毎期毎期。で、せめて若い人には寂しい思いをさせないように差配した結果として、どんどん自分が寂しい立場になってて、なんか理不尽な感じはする。