予定地

いずれなにか書きます

8/21

ポジティブな意見をブログに書く。そのくせにそのエントリータイトルがいつも他人のコンプレックスを刺激して平たく言うと炎上ぶくみな感じになってて、だからブクマの数はついて、その数をすごく意識してるくせに「ポジティブなことを書いてるのにこんなにたたかれるはてブって(orインターネットって、or日本って、etc)おかしい」とかいう。そういうのが本当にしんどい。

わかってやってるいわゆる炎上マーケターもどうかと思うけど、もしその人が本当に善良なポジティブな人だったとしたらよけいに深刻な感じ。単純に他人の注目を集めようとしてつけた(そうでしょう?)そのタイトルが、どれだけの人のいやな感情をくすぐったのかに思いがいたらないところが。わかってたのにできなかった、機会に恵まれなかった、そもそもバックグラウンド自体が劣悪だった、そういう痛みがあるから「私がXXをXXできたXつの方法」なんて感じの「ポジティブな」エントリーに対して「そんなに甘くないよ!」って吐き出すような気持ちがわきでるのだ、ということに気づかないんだろうか、と思う。そんな想像力のないポジティブさが、おそらく自分の心も傷つけてるのに。


燃やすべきわら人形としてのエントリーを提供して存分に燃やさせて、その人ごみに露店を出すと言う商売が普通になってる世の中で、生身の人間がわら人形の扮装をしたら死んじゃいますよ。友達だと思ってた人がよくできたわら人形だったらもっと悲しいけど。いや、死んじゃった人がいないならそっちのほうがいいのか。